鎌倉に行ってきた

南北朝初心者が鎌倉を旅した旅行記です。

空路にて関東入り。羽田から一路鎌倉へ。

鎌倉宮

スタートは後醍醐帝皇子である護良親王が祀られている鎌倉宮鎌倉駅からはバスが便利です。鎌倉宮行きの終点で下車。乗車15分くらいで着きました。駅前の雑踏が嘘のように静かでのんびりとしています。社務所には「逃げ上手の若君」から護良親王のイラストが貼ってありました。(写真撮るの忘れた…)。護良親王が幽閉されていた土牢は拝殿の裏手側にあり、社務所で拝観料を払って進みます。その際に頂ける案内マップには親王のマンガも付いているのが嬉しいです。

浄妙寺

足利尊氏の父貞氏公の菩提寺である浄妙寺鎌倉宮から歩いて行けます。

※バスで行く場合の停留所は「浄明寺」。読みは同じなのにどうして妙と明で書き分けているのかは謎のまま。

こちらには貞氏公のお墓の他に尊氏弟の足利直義公のお墓もあります。私の一番の推しが直義公なので、今回最大の目的地です!しばし合掌の上ご挨拶。

ちょうどお昼時だったので、境内にある石窯ガーデンテラスでランチ(お寺の境内に何故洋館と英国式庭園??と謎でしたが、別世界に住み分けされてます)。結構ボリュームがあります。天気が良かったのでテラス席にしました。

なお、やはり敷地内には喜泉庵と言う茶室もあります。こちらは本当に境内という感じの場所にあります。実はこの日はすでにお腹いっぱいで訪問を見送ったのですが、やっぱり行っときたい!と、翌日もう一度訪れたのでした。結論としては、行って本当に良かった!霧雨混じりの曇天でしたが、それがまた枯山水の庭園を見て過ごすのに風情が出てとても良かったです。メニューは抹茶&生菓子のセットか、抹茶&干菓子のセット。干菓子は二つ引両の家紋だったので、足利ファンには嬉しいところ。

報国寺

足利尊氏の祖父家時の菩提寺報国寺浄妙寺の向かいにあります。竹の寺として知られているそうです。境内の奥には、家時の墓と伝えられる断崖をくり抜いて作られたやぐらが見られます(どうやって作ったんだろう…)。なお、こちらも境内の中に茶室がありますが、私が行った時間は混雑のため受付が中止されていました。

足利公方邸旧跡

報国寺浄妙寺から徒歩。バスで行く場合は「青砥橋」下車。ちなみにこの青砥橋の名前の由来に関しては、「極楽征夷大将軍」の序盤に尊氏の人となりを表す印象的なエピソードとして語られており、その意味でも感慨深いものがありました。

ところで青砥橋はすぐに見つかりましたが、肝心の足利公方邸旧跡がどこにも見当たりません。青砥橋のさらに先、虹の橋の向かい側にあると言う話なのにおかしいな…?住宅街をウロウロすること5分。ありました。民家と民家の間にひっそりと。

こちらの碑文が建っているだけで、特に当時が偲ばれるような面影はありません。

宝戒寺

足利公方邸旧跡からバスにて「大学前」下車。最後の得宗北条高時の邸跡に、その菩提を弔うため後醍醐帝が尊氏に命じて建立させたのが宝戒寺です。

境内にある徳祟大権現堂には束帯姿の高時像が安置されているとのことですが、よく見えませんでした。

 

この後、鶴岡八幡宮小町通りを散策して鎌倉旅行1日目は終了。見きれなかった分は翌日に持ち越しです。

なお、若宮大路にある「侍気分」にて推しグッズを色々購入しました!

いちばん手前のポーチに描かれている騎馬の二人は、尊氏公&直義公です!裏面には「この世は夢の如くに候」から始まることで有名な、尊氏の清水寺願文の一節が。

 

翌日は北鎌倉駅からスタート。

長寿寺

「春と秋の金〜日及び祝日の10時から15時までのみ一般公開、ただし雨天不可」というなかなか訪問難易度の高い長寿寺。この日は降水確率50%くらいでドキドキしましたが、無事に拝観できました。北鎌倉駅から徒歩10分くらいで着きます。観音堂の裏手側に尊氏の遺髪を納めたとされる供養塔があります。しっかりとお参りしてきました。

本堂の屋根瓦をよく見ると、二つ引両の家紋マークが!

 

光明寺

尊氏義兄である鎌倉幕府最後の執権赤橋守時菩提寺。かつ、中先代の乱平定後の尊氏が後醍醐帝の怒りに触れ一時蟄居したお寺でもある浄光明寺。長寿寺から歩いて15分くらい。ただし亀ヶ谷切通というかなり勾配のきつい坂を登って降りる必要があります。

長寿寺同様拝観日や時間に制限があり、雨天も不可なので注意が必要です。私が行った時には受付の方が境内を案内して下さいました。収蔵庫の中には直義公の守り仏とされる地蔵菩薩が安置してあるのを見学できます。直義公の窮地を救ってくださったお地蔵様かと思うと感無量です(写真撮影不可のため、頂いたパンフレットを代わりに載せています)。

阿弥陀堂の前の槇の木は推定樹齢750年、創建時に植えられたとか。きっと尊氏公、直義公も同じこの木を見たのでしょう。胸熱です。

 

この後もう一度浄妙寺に行き(前述)、さらには銭洗弁財天にも参詣したところで16時を回ったためタイムアップとなりました(多くのお寺が16時から16時半くらいで閉まります)。二日間、ほぼ歩き詰めでしたが、本当に楽しかったです!!

後記

神奈川県出身なのに(今は他県在住)、鎌倉といえば鶴岡八幡宮と駅周辺の雑踏しかイメージがありませんでしたが、足利兄弟や南北朝時代を軸に巡ることで、全く知らない別の顔に出会えました。いまのとこどこもそれほど混んで無くて、のんびりと彼らの時代に思いを馳せることができました。一方、行きたいところにマーカーを付けていたマップを途中で失くすという痛恨のミスをしたため、一部行きそびれたところも。また次回の楽しみに取っておこうと思います。

今回、足利兄弟の軌跡を巡りたいという一心で急に思い立って旅行を計画したわけですが、正直どこに行っていいか分からない……と困っていたところ、「人をあるく 足利尊氏と関東」という書籍に出会いました。本の中で紹介されているモデルコース(鎌倉編)をかなり参考にしたことを、あわせてご紹介しておきます。

なお、一部のお寺は公開期間や時間が限られています。訪問を計画する際には、必ず調べてから行かれることをお勧めします。